修学院離宮再訪

小雨にもかかわらずオーバーツーリズムの京都
修学院離宮もネット予約は数カ月前から満席のため当日枠狙い
今回は造営者である後水尾上皇の予備知識をいれての見学
江戸時代 太平の世 朝廷はどのような立場であっただろうか
上皇はこの地形風景を実現するため粘土模型をつくったとか
造営への意欲が権限を上回っていたに違いない
上中下離宮の建築は結節点でそれに到る風景がドラマチックに展開する ◇旅

神楽岡の山荘カフェ

徒歩で神楽岡に移動
「吉田山荘」元東伏見宮家別邸で一休み
表唐門は西岡常一の手によるもの 母屋は入母屋総檜造りで料理旅館として使われている
気軽に入れるカフェは別棟の旧車庫を改装したもので開放的な2階はドイツ様式のインテリアで設えてある(上写真)
もう一軒は吉田山山頂にある「茂庵」予約満席のため入れず残念(中写真)
しかし道中吉田山急坂に時が止まったかのような家並みを発見(下写真)
大正から昭和初期に建てられた木造借家群 京大の教官向けに建てられたらしく 維持管理が行き届いている
そもそもの造りが堅牢で 東斜面の眺望の良い立地に古式ゆかしい街並みを残していた ◇旅

建築家川﨑清「見えざる建築」の輪郭

市バスで岡崎のみやこメッセに移動 2018年に急逝した建築家川﨑清氏の展覧会を訪れた
タイトルに「見えざる建築」の輪郭とある
このタイトルを象徴している作品は「京都市立美術館収蔵庫」1971年ではないだろうか
自分が氏の作品を最初に知ったのもこの半ば地中に埋まった収蔵庫である
東山のスカイラインを守るため建築の存在を打ち消した発想は氏がキーワードとした空間-環境-風景を具現化している
学生時代 このような手法があるのか! と驚き影響を受けたのだ 
残念ながらこの建築は現存しないが 京都で建築に関わるあらゆる人はこの精神を受け継いでほしい ◇旅

京に生きる文化 茶の湯

晩秋の展覧会巡り 七条の京都国立博物館平成知新館 設計:谷口吉生からスタート
奈良時代の伝来から近世に至るまで 
禅仏教との関わり、千利休と秀吉、わび茶の大衆化 茶の湯文化の広まりが
時系列に多くの貴重な茶碗、釜、掛物、花入が展示されていた
ただ展示物の価値を理解する眼識が自分自身備わっていない。。。
利休の草庵茶室(待庵)と秀吉の黄金茶室が横並びに再現されていているのは興味深かった
そしてバロック様式の明治古都館と対比する平成知新館の佇まいが清々しい ◇旅

陶板名画の庭

巨大な「最後の審判」や長尺の「鳥獣人物戯画」が
広く深くオープンカットされた立体回遊空間に展示されている
水盤とカスケードはなくてはならならない屋外装置
空間の展開やシーンの演出、幾何学的でシャープな造形は「やりたいことをやりました感」がある
入場料¥100でこの空間体験ができるのはありがたい 設計:安藤忠雄 ◇旅

上賀茂社家町

徒歩で上賀茂に移動
明神川沿いに社家住宅群がある
社家とは神社の神職の住まい
下校途中の小学生、犬を散歩させる老人
観光地ではあるが生活が息づいている佇まい
清流のほどよい川幅と水面の近さ、流れの勢いが街並みに清涼感を与えている
なり田のすぐき漬けを買って北山通りへ ◇旅

円通寺借景

徒歩で岩倉に移動 借景庭園で名高い円通寺を訪れる
遠方に見えるのはほどよい大きさの比叡山 
横に寝かせた石組ときれいに刈り込まれた生垣とのバランスが絶妙
過去に周辺開発が無秩序に進みそうになり景観破壊が危惧された
関係者の尽力で市条例が定められこの借景を守られたとか 
しかし猛暑の影響か?枯山水の苔が半分以上枯れていて少し残念 ◇旅

国立京都国際会館

地下鉄で北に移動 国立京都国際会館を訪れる
1966年築の会議場、展示施設を主用途とする巨大建築
コンクリートの稲掛けをモチーフにした台形と逆台形の造形が力強い
同時期に完成した前川国男の東京文化会館同様 豊潤なデザインコードが溢れている
高度経済成長下の日本が国際社会の表舞台に立とうとする意気込みを感じる
コンクリートプレキャストの工業化と 小叩き仕上げの職人技が多用され恐ろしく施工精度が高い
今日に至るまでリニュアルが繰り返した思われるがデザイン意図は大切に継承されている 設計:大谷幸夫 ◇旅

南禅寺金地院

秋の小旅行 今回は南禅寺金地院からスタート
小堀遠州作と伝えられている庭園が見どころ
鶴亀の石組、織部灯篭 平庭枯山水の代表作
方丈、庭園ともに規模が大きく塔頭の実力がうかがえる
方丈奥の茶室・八窓席は遠州の意図する空間構成が興味深い ◇旅


詩仙堂

雨の中一乗寺界隈を訪れた
詩仙堂は江戸時代の文人 石川丈山の山荘跡
3階建て楼閣や玄関から見通せる庭園、開口部意匠、
点在する茶室はいかにも数寄人らしい
「数寄屋とは何か」という答えが見つかりそう ◇旅